組織行動心理(9):活動理論による組織改革法(2)

エンゲストロームの活動理論の特徴はfig1の三角モデル図に表されるものです。主体(当人)が何かを目指して”活動”する際に、その活動の“媒体”(言語・道具・仕組みを含む)との相互作用に注目するものです。この三角モデルの底辺にあるルール、コミュニティ、分業(役割)の三つの要因は、社会的な相互作用により主体や目的に変化(発展)を生み出します。
たとえば、学生が塾で講師をしたときは教えようとする目的意識が生まれ、そこに「教育モード」が当てはまることになります。それは大学内での学ぶモードとは異なり、行動基準となるルールや分業(役割)も塾コミュニティに即したものとなります。とくに心理や認知レベルで重要なことは役割の違いと合わせて、“目的”(意図)も変わるということです。

こうした目的(意図)の談話分析ではバフチンのジャンル説(北岡誠司1998)が知られるが、本稿では談話の認知プロセスを重視するため、心理学の用語として「モード」とその下位概念となる「フレーム」というカテゴリを独自に使用します。それらは談話を構成していく「期待の構造」(structure of expectation)(Tannen1993)や談話の「メンタルモデル」(Dijk2014)の概念と重なるものです。

 

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組織行動心理(8):活動理論による組織改革法(1)

心理系の書物では、心理の〇〇原理を使えば望む現実に変わるといった解説よくされています。もちろん、現実がそのとおりいくわけではないのですが、個人生活やスポーツの例を出して効果などの例にあげています。しかし、いざビジネスの現場で役に立つかどうか、ここに「組織」の問題があります。

私たちは空白の中で生きているのではなく、“ビジネス”という実践の場にいます。そこは空白ではなく、心理に影響する“リソース”や“制約”にあふれています。営業が個人でやるのとチームでやるのではまったく効果も変わるのと同様です。その場に存在するモノ(人)全てが私たちの思考・行動に影響を与えているからです。その事実に注目するのが「心の科学」でありその応用分野としての「ビジネス心理学」です。

ここでは、「アクティビティ理論」(Y・エンゲストローム)から組織改革の事例を検討してみましょう。

ビジネスの相互作用の場にある道具や仕組みを「媒介」と定義しておきます。としながら、直面する問題を解決し、人と組織の新しい仕組み作りをどう進めるのかがアクティビティ理論では問われます。

そこで、現場でアクティビティ理論を応用した事例を分析してみましょう。店舗でのレジでPOS機会を開発販売するサトー社では、三行で毎日社員が提案する仕組み(※「三行提報」と称する)を通して、革新的な経営を生み出しました。

ここで注意したいのは、ツイッターの無い20年以上も前から経営者と社員全員の知識共有の仕組みが実践されてきたことです。三行の文字数であっても、それが社員の気づき情報として毎日社長が読む仕組みになっていた点、そこにどんな意義があったのかです。

三行の文字で情報共有するこの仕組みは、社員が毎日ここを改善したいとか、この商品企画などの気づき情報をトップに提案する“媒体”となっています。それを示したアクティビティ理論の三角モデルが上図であり、社員能力、目標、企業文化、組織体制、業務プロセス(役割)といった各要因の相互作用の在り方がわかります。この仕組みを媒介したコミュニケーションを長年とり続けてきた結果、仕事の悪い点も良い点も何でも提案する文化装置となり、社員は経営トップにも躊躇せずに意見を交わせるようになりました。また、そこから理念でもあるイノベーションが仕組みで保証されることにもなり、より実効レベルが上がる相乗効果を生んだといえます。

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組織行動心理(7):「実践コミュニティ」が生むプロ意識

人類学者のE・ヴェンガーらが述べた 「実践コミュニティ」とは何か。
それはトキワ荘のような漫画家らの専門性をお互いに高め合うようなコミュニティの例にみられる成長・発達の場であることです。トキワ荘では手塚治虫を筆頭に石ノ森章太郎など多くの漫画家を出しています。その場の力とは何だったのかを分析してみると、次のような特徴をあげることができます。

1:漫画を通じた個性の本音のぶつかり合い
⇒自分のワザへの誇りと成長欲求の構築
※本音のぶつかり合いはオーセンティック学習論の要でもあり、自分と他者の作品などを比較する中で個性自体を伸ばしていったといえる。
2:実践コミュニティの複合的な連携を促す”生態系”の協調活動
⇒プロとアマチュアの相互浸透的な関係があることによって、めざすべき理想モデルが初心者段階から描けてキャリア発達観が創ることができた。そこにはマンガをプロとして仕事にしようとする実践家集団の”生態系”の場がありました。
3:実績を記録化しストーリ化する知のポートフォリオ化
⇒ポートフォリオのように実践的な場の成果物や仕事のプロセスをアーカイブ(蓄積物)として記録化し、さらにそれを他者と共有していく仕組みが構築されたこと。

3番目のポートフォリオ化に関しては多様なメディアや出版社側のサポートなど紙文化的な面と同時にアニメ化に向けたデジタルな面の二つの構造があったと考えられます。しかも、デジタル化は紙文化を凌駕していくというマイナス面もありながら、同時に互いが補完し合えるような関係も生み出していたことも重要です。アニメが鉄腕アトムという形でヒットすることで手塚治虫の世界は紙媒体を越えた人気を生んだからです。

その一方では、紙媒体のマンガ雑誌は週刊号で大量のファンを作り出していきます。それが蓄積されることでさらに多くのファンの層となる厚いマンガ世界を創っていきました。
詳しいトキワ荘のレポートは雑誌『芸術新潮』2020年11月号:特集[トキワ荘と日本マンガの夜明け]を参考にするとよいでしょう。

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組織行動心理(6):イノベーションの心理学

イノベーション心理学は創造性心理学とどう違うのでしょうか。そのテーマの違いはイノベーションの「革新性」という面と「商業性」と関係してきます。ビジネスへの応用を考えるとき、この二つの概念を定義しておくことが必要です。

ビジネス分野での「革新性」とは最初から独創性を求めるものではなく、すでに既存にあるモノをいかに目的に応じて組み合わせるか、その新さにあります。技術的な革新性の多くは異なる既存の技術を組わせて機能の新しさを生み出し、結果として革新的な商品になっているといえます。アップルのジョブスCEOが生んだスマホはその典型的な商品です。

また、「商業性」とはここで定義する造語であり、売り方や市場の展開の仕方の独創的な面を意味しています。それはモノを売れる形にして普及させていく過程全体を意味するものです。これはマーケティング的な活動領域での独創性ともいえるでしょう。

この二つは切り離されてはビジネスでは成功できませんが、イノベーションを現実の力にしていくのは「商業性」がより重要になってきています。その理由はモノからサービスという見えない価値を形にしていくビジネスモデルの在り方にあります。

そして、こうしたイノベーションを推進していく人材が求められるわけですが、その人材とはどういう人なのでしょうか。それが「タレント」だとするのが、酒井崇男著『「タレント」の時代』に述べられたものです。

酒井は設計情報を産み出せる人材こそ「タレント」なのだというのです。ここではそのタレントを「商業性を持つ能力」と定義しておきます。シリコンバレーやグーグル社がイノベーションで成功しているのは、このタレントを育み成長させる仕組みがあるからだといえます。とくにグーグルの優れた人材採用の方法は、個人で採用する方式ではなく、創立したベンチャーのトップを買収で獲得し企業メンバーを含めたタレント集団の獲得だと述べています。

つまり、グーグルの成長はそうしたタレント集団の獲得をベンチャー買収の形でおこなってきたのであって、人材採用を個人の”資質”レベルで考えているのではないことなのです。興味深いのは創業者を狙った企業単位の買収であること。それは実践コミュニティである企業という組織に注目しているという点に斬新さがあります。グーグルは他社が追随できないほどの人材獲得費用を企業買収でおこなっていたのです。

日本の大手企業にこのような発想はほとんどないし、またあったとしても継続できるほどの資金のある会社など限られているでしょう。ソフトバンクが唯一それに近い会社かもしれませんが、それは創業者の特異なタレントだからこそできたのかもしれません。

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組織行動心理(5):ジョブ型雇用の心理的課題

ジョブ型かメンバーシップ型といった雇用の選択に関する課題が本格化してきています。欧米のような専門技能を重視した「ジョブ型」の雇用では、「ジョブ・ディスクリプション」という職務記述書による事前の仕事内容の取り決めを越えた事は要求されません1。これは被雇用者にとっては一般にはメリットと考えられますが、チーム型の仕事など現場での柔軟なワークデザインが雇用者側にできなくなるデメリットもあります。逆にこれが日本の職務型のメリットでもあるわけですが、ここにはジョブ型か職務型かという人材採用方法の違いがあります。

こうしたことは、ビジネス環境の変化の中で専門性の高い能力を要求されると同時に、自分の生きがいや個性を重視するようなキャリア観の違いも反映されてきている面もあります。就職活動や昇進のときは、自分が専門職か総合職なのかといった葛藤も含まれますが、それ以上に長期にわたる自己のアイデンティティのイメージが変わってきている現実を理解しておく必要があるでしょう。

日本式の職務型では成果主義のような評価法は馴染まない点もありますが、それをカバーするような役割等級制が日本ではジョブ型に近いともいえます。ただし、ジョブ型の本来の良さを考えると、役職はあくまで付属的なものであって専門性を活かせる条件の一つにすぎません。ジョブ型は仕事の面白さや幸福感をその活動自体に見出し、自己の存在意義が実感できるという点が重要だからです。

このようなジョブ型の日本のビジネス業界への浸透はまだ時間がかかるかもしれませんが、専門性を活かせる社会基盤が整っていくならば必然的に浸透していくと考えられるのです。その社会的基盤の中核の人材育成を担うのが大学ですが、カリキュラムや評価法も採用方式の変化に合わせて改革が迫られているといえます。

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組織行動心理(4):目標管理の方法

ジョブ型雇用は目標管理の在り方も変化させることになってきます。その特徴として、専門性の高さとコミュニケーション力の二軸による評価システムが普及してくることでしょう。専門性はプロ意識ということとスキル能力の二軸がありますが、そうすると目標管理において専門性×コミュニケーション力×プロ意識×スキル能力という4つのマトリクスが設定できます。つまり、これらの4つの領域における有能性が問われるわけです。

このような視点からすると、それぞれの個別の能力を向上させる研修よりも、もっと相乗効果を生むようなワークスペース・ラーニングが求められるといえます。ワークスペースという意味は”職場”という狭い意味ではなく、勤務の状況全体の中での人を成長させる構造や道具や仕組みのことです。そうした人工物のトータルな環境と人(主体)との相互の影響が何かを理解することがワークスペース・ラーニングの意図するものなのです。「能力の媒介性」について石黒広昭は次のように述べています。

『ヴィゴツキーは二種類の道具を区別する。一つは物や構造やシステムを作り出す技術的な道具(technological tool)であり。もう一つが記号や言語のような心理学的道具(psychological tool)である。媒介活動の重要性は、それが人間を対象世界に結びつけると同時に他の人々とも関係づけることにある。』(『心理学と教育実践の間で』(東京大学出版)p119)

つまり、石黒がいうように知識が媒介的なものであるとすれば学校教育が前提としてきたテストによる評価行為も大きく変える必要に迫られます。それについて、続けて石黒は次のように述べています。

『そうなると、学校教育においても道具媒介活動は当然視されなくてはならないし、子どもたちが積極的に多様な資源を用いることができるような活動の場を組織することこそが必要になってくる。』(同著p119)

『具体的な行為が起きた文脈が剥奪されるのと同時に、別な文脈が与えられるのである。その意味で、脱文脈化とは文脈の変更である。その変更される先にある文脈は「特権化」(Wertsch,1991)された文脈である。』(同著p120)

こうしたことからすると、目標の設定とは何かという問題意識は次のように言い換えることができます。
「目標の設定とは、自らの状況(組織)の中で求められる能力を先取りして行動していくための心理的リソースである」

こうした状況認知的な発想は当然ながら具体的な面でどう利用ができるのか、という応用面での問いが生まれてきます。目標の意識的なレベルでの分類としては次のような3つの形態が仮定できます。
1:MUST=「しなければならない」という義務的な意識
2:WANT=「したい」という自らの自律的な欲求を持つ意識
3:WILL=「するだろう」という未来への自然な動きとしての意識

3つのレベルは、組織における理念などを考えるときには発達段階を想定することもできるでしょう。この場合、MUST⇒WILL⇒WANT という段階で理念を自らの意識に取り込んでいくと考えることができます。最初はどうしても外在的な義務的なものとなり、それが習慣化されるにつれて自然な行動に移り、さらに自らのミッションといった欲求レベルにまで発展していくといったプロセスです。

このような発達段階のプロセスは、理念の発展性を意味づけると同時に個人がいかにして組織のエンゲージメントを高め一体となった目標観を持てるようになるかを示すものです。ただし、注意しなくてはならないのは発達段階は一般化されたものであり、理念自体の意味づけやそのプロセスはかなり幅があるとみなくてはなりません。理念自体がいかに良いものであっても、その価値観なりを自らの共感と重ねるのは当人の考え方やスキーマという認識の枠組みに関わってくるからです。

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組織行動心理(3):「組織市民行動」と“プロ意識”

 「組織市民行動」という概念は、企業の中で役職に関係なく他者と協力したり、全体のために自らすすんで正しい行いをすることです。これは理念を重視する経営戦略にも不可欠なものとして重視されていますが、次のような点に注意する必要があります。

1:”市民”という内容が社会学の「適応理論」がベースとなっているため、既存組織に順応すること自体が善とみなされること

2:”組織”という内容が制度・ルールなど含む”文化的”なものとしてではなく、特性を表わす”機能の集合”として捉える結果、そこにある機能が固定化されて見てしまうこと

本来の組織市民行動はその場にある組織文化と切り離せないものです。そして、組織文化は組織の「エンゲージメント」にも影響することもわかっているため、生産性とも関連することは明らかです。しかし、こうした組織の問題を組織市民行動の構図でみてしまうと、その組織の変化・発展性のリアルな姿や問題の矛盾といったことが見えてきません。

組織エンゲージメントにしても組織文化との関係を問題にするなら、どんな文化なのか、またそれがどんな人間関係を生み出すのか、そうしたことをアンケート等の“量的”な理解だけでなく“質的”にみないとその是非を論じることはできないからです。組織エンゲージメント自体が最初から「良いもの」という前提で、それを促進する要因が組織文化だとするなら一面的な見方でしかないからです。

このような組織心理に関して、組織行動論の問題は左記の3点が相互に関係しながらも、核になるのは組織と個人の関係を変革的な視点から捉えているかどうかです。そこにある組織と個人の”矛盾”に対して、どんな認識を持つかということなのです。

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組織行動心理(2):「組織市民行動」を強化する要因とは?

市民行動説の問題点について対人関係の心理から分析してみましょう。市民の道徳的な意識については市民的モラルのような道徳心理の面からみることができます。例えば、ゴミが道に落ちていたときに拾う行為は道徳的なものですが、同時に自らがそのコミュニティの一員であると思えるかどうか、つまり「共同体感覚」(アドラー)の問題でもあります。

自分達の仲間関係がよければゴミがあれば拾う意味もありますが、それが弱ければ意味は薄くなり行動しないことになります。ここには”貢献”というテーマとも関係してきますが、こうした互いの関係性を越えて道徳的な価値観として清潔を重視している場合、それはゴミを拾うことが「人のすべき事」としてそれをするでしょう。

このように現実の関係性か普遍的な道徳的な価値(倫理)かという二つの分類をすることで、道徳的な行動の二つの基準がみえてきます。いずれも人間関係を重視していますが、道徳的な価値を優先するのは「信念」としての「価値主導型ライフスタイル」と定義できます。

一方、仲間や人間関係を重視している場合は「関係型ライフスタイル」です。そこに人からの承認欲求や自尊心が関係してくるはずです。そして、これは「5Q説」(日本ビジネス心理学会)を当てはめると、前者はOQ型であり後者はSQ型となります。

つまり、市民行動説の基準を考えるとライフスタイルの二つのタイプがあることがわかり、そのタイプに応じた組織改革の方向づけが次のように見えてきます。

1:「価値主導型ライフスタイル」
⇒組織改革は”理念”への共感をベースにする「理念経営」に適している
2:「関係型ライフスタイル」
⇒組織改革は”仲間”への共感をベースにする「アメーバ経営」に適している

ここでは理念経営を重視しているため、価値主導型ライフスタイルを位置づけながら、いかにして道徳的な価値意識にまで学びを深めるかを検討してみましょう。

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組織行動心理(1):「見せかけの勤勉」の心理学的根拠

『「見せかけの勤勉」の正体』(太田肇)では次のように「見せかけの勤勉」を定義しています。

『小売業B社のC店は、全店舗のなかでも売上げが最悪だった。その主な原因は職場の人間関係にあった。店員はパートタイマーが主力だが、いたるところに仲良しグループができていた。昼時にはグループごとに食堂の片隅に集まって、ほかのグループの悪口や仕事のグチを言い合う。・・・・(中略)・・・・西村は店長に就任するとすぐ、店員に対して二つのことを約束させた。一つは、昼食はみんなで一緒にとること。もう一つは、言いたいことがあれば陰口をたたくのではなく、会議室に集まってみんなの前ではっきり言うこと。たったその二つを実行しただけで職場の人間関係は目に見えてよくなり、やがてC店は全店舗のなかで業績がトップに躍り出たのである。』(同著p85)

太田が指摘するのはリーダーの「やる気主義」が逆効果となっている現状があることです。そのために、いかに現場の”仕組み”の中にある「やる気を失わせているもの」を取り除くのか、そこに注力したことで改革が成功したというわけです。

一般の店舗ではリーダーが部下に「やる気主義」を教えようと努力し、その結果は表面だけの精神論でやる気を創り出そうとしてしまいます。現場にあるやる気をなくす”仕組み”を無視してしまっているからです。

この場合の事例でいえば、悪循環を生み出すものが「小グループに分かれて陰口を言い合う」という状況にあります。そこで「食べる行為」の場を利用して、皆が不満も言えるような仕組みを創ったところに解決の道筋があったといえるのです。

そして、この経営における「やる気主義」の自己矛盾は、学校における”いじめ”の「仲良し主義」と同じ構造を持つ問題なのです。どうしていじめを無くそうとしているのに、逆に増えてしまうのかという問題の根源にあるのは、やはり個人の”精神”にいじめの原因を求める「仲良し主義」にあります。

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コーチング心理(6):日本人はなぜ規則・ルールを文書化するのが嫌いなのか?

■日本人はなぜ規則・ルールを文書化するのが嫌いなのか?

前田裕二氏は20代でネット事業で上場企業にも投資させるほど話題になりました。その著書の中で米国と日本のビジネス慣習の違いを次のように述べています。

『日本は傾向として、作られたルールの中で成果を出していくことに競争性があります。その面に関しては、本当に勤勉で、しっかり結果を出していくことに競争性があります。しかし、アメリカの場合、先にルールや、ハコを作ってしまいます。作られたハコの中で各国が競争していく状況に持ちこむマウントプレイがうまい。当然、ルールを作った当事者であるので、アメリカが一番強いプレイヤーでもいられます。アメリカの優れた起業家は、既存のビジネスの精度を高めるよりも、はなからプラットフォームを作っていく発想をします。つまりルールブックを、自分で書いてしまうのです。』
(「人生の勝算」p223)

米国は訴訟社会といわれるように法律体系を軸に相互の利害調整をしています。その点では自己と他者はもともと立場の異なる人間同士として向き合う形を前提にしているといえます。だからこそ、事前に互いの違いを明確にするうえでも“契約”として相互承認が求められるのです。

ところが、日本ではそうした事前の明確な契約は“形式的”な文書という「建て前」とみなされ、できるだけ相互の話し合いの中で承認し合える関係づくりを重視します。つまり、日本人にとっての「契約」は、ルールを互いに守る“前提”ではなく、あくまで相互の親密な関係性が外に現れたものとみなしているのです。

そのために契約内容も相互の信頼性を確認し合うような抽象的な言い回しが多く、「共につくる」や「互いに尊重し合い」といった信条を記述したルール・規則の文が目立つことになります。取引でのトラブルの解決への前提条件など明らかにする内容ではなく、あくまで相互に在りたい姿を表現した”合意”が形式的に示されているものです。

日本人がルール嫌いとも受け取れるような現象がみられるのも、実のところその集団内での互いの居心地の良さを求めた結果です。さらに、そこには「同調圧力」による合意形成という問題が隠れています。

「同調圧力」は「内集団バイアス」の現れとしても知られますが、他者を認めての合意ではなく、他者からの目を気にして嫌われたくないという感情が強いことがその特徴だともいえます。そうした同調圧力が生まれてくる背景には、互いが認めあえるような対等な関係よりも、安心のための「居心地の良さ」を優先する心理が働いているとも考えられます。つまり、同調圧力を押し付けてくる人と同調圧力に流される人は、表裏一体であることに注意が必要といえるでしょう。

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コーチング心理(5):ビジネス心理式ダイアローグの意味

■ビジネス心理式ダイアローグの意味

ビジネス心理ではダイアローグを「問題意識を持つ」ための不可欠なプロセスと
みなしています。プロセスは結果だけではなく、途中の反対意見に応えてその段
階での疑問をひとつづつ解決していくことです。そこには疑問の生成消滅のよう
な弁証法の特徴が現れてきます。それが重要なのは、回答への一直線のような形
ではメンタルモデルが固定的なものになってしまうからです。固定的なメンタル
モデルとは、よくビジネス書などで語られる「フレーム」だといえます。フレー
ムを一般原理のごとく覚えて活用することには便利さが確かにあります。しかし、
これは実践に役に立つような応用力になってきません。そこに思考の固定化がお
きてしまうからです。
納得したり解釈を深めていくには、認知科学者の佐伯胖が述べるように「視点の
移動」が重要なのです。視点の移動は、異なる視点から少しづつそのコアな部分
を変形させながら変わらない部分をみるということです。変化の中にある普遍な
ものを知るというメタ認知の本質に関連する見方だともいえます。
こうした「視点の移動」の考え方は、これまでの心理や教育方面でもはあまり知
られていませんが、何かを比喩的なもの(メタファー)で喩えたり、シュミレー
ションしたり、数理モデルに表現したりすることは認識に不可欠なことです。

たとえば、三平方の定理は数理的な証明ではなく図解イメージで証明することも
できます。数理的な証明は数学の理論の中では確からしい事実として認識はでき
ます。ところが、それが私たちにはぴんと来ないようなことも一方で感じるので
はないでしょうか。確かに数字のルールでは正しいとしても、そこに真実味や納
得に必要なイメージの変形がないことに不満を感じるわけです。
それで図解イメージを使って、同じ”内容”を別の視点から証明するとよりその
数理的な意味がわかることになります。
それぞれを単体で理解している以上に、二つの視点から同じ対象についての理解
ができると私たちの認識になるほどという納得感(アハー効果)が生まれるから
です。

佐伯著『わかるということの意味』では次のように述べています。
「 これに対して、「問題として直接求められていること以外は何も求めてはい
けない」と思いこんでいる「わかっていない人」にとって、答えを出すことは
、「正しい求め方」に正しく従って出された「一種の儀式」になってしまってい
るのだというのである。
このことから著者は、「やってみてはじめてわかる」ことの重要さを強調する。
しかし、「とにかく経験」式の、
「はいまわる経験主義」が主張されているわけではない。大事なのは、世界に対
する「構え」である。「与えられた問題文の表面的問いを越えて、その世界では
自分なら何ができるか、どういうことがわかりうるかを探し求める気持ちで読み
取る.....世界を単に正確に写しとろうとするのでなく、世界に操作を加え、
はたらきかけ、変化させて、何か、既知のものから未知のものをさがし
求めてみようとする」(34頁)営みを、著者は「わかろうとする」ことと呼ぶの
である。 」
さらに次のように述べています。
「「『わかる』ということは、実は、『わかっていること同士が結びつく』とい
うことにほかならない」というのが著者の結論である。第 III 部で著者は、ス
ーパーのベテラン買い物客、ブラジルの観光地の路上でキャンディを売る子ども
たちが、経験を通して計算の「かしこいやり方」を身につけていることを紹介す
る。そのような、実践の中で構成されてきた「私が得意とする小さな世界」を人
はそれぞれさまざまに持っている。それらが何らかのきっかけで相互に結びつき、
「大きな世界」が構成されていくことこそが、「なっとくする」こと―認識世界
の広がり―だというのである。」

 

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コーチング心理(3):「イマジュネーション・モード」

「イマジュネーション・モード」

ビジネス心理学では“解決志向”(ソリューション・フォーカス)のカウンセリング法が重視されています。これは過去の原因論に対して未来への目的論からカウンセリング論を説いたアドラーの見方とも一致するものです。

確かに目的論から今の自分が“選択する”という面を強調するのは大事ですが、ひとつ問題があります。それは未来をどれだけ具体的に描けるか、実感としてイメージできるような具体性や根拠を感じることができるかと、いうことです。そうした未来の姿を描く力、つまり「イマジュネーション」があってこそ具体的にそれを実感することができるのではないでしょうか。

この心理の問題は哲学でも論じられてきたものです。「イマジュネーション」とは何かを改めて考えるとなると難しいものだからです。

一つ目はイメージが言語的か絵的か、という認知的な課題があります。
二つ目にはそこにシュミレーションするための素材が何か、情報の質と量がどう関わってくるかというナレッジの課題があります。

この二つの問題は区別しなければ論じられませんが、「イマジュネーション」は両者を統合して初めて実質的なものになると考えられるのです。

さらに三つ目としては、目的志向の考えである「実存性」が重要になってきます。アドラーやドラッカーが述べたように、目的を持つことで外界への態度や行動は変わってきます。そこでは認知的フォーカスの差が現れると同時に、必要な素材としてのナレッジが集約し統合されてきます。

つまり、目的志向は人がどう在りたいかという実存性を浮かび上がらせ、同時にそれにふさわしい意識と行動の主体性を生み出す結果になるからです。

成長マインドもこの目的志向と不可分といえます。どちらもが未来への態度を決める相互作用の関係にあり、どちらが上下の概念かを決めるのは難しいわけですが、成長マインドは目的抜きには在りえないといえます。
目的には構造性があり、かつ下位と上位との多様な連続性があります。だとすれば、その目的構造をどう表現できるかは「イマジュネーション」の具体的な姿を知るうえでも重要です。

こうした考え方の前提にはそれが単なる直感的なものとしてではなく、より全体的で構造のあるものとしての抽象化を考える必要があります。抽象化することにより、概念の内容と関連させて理論としての精度が上がってくるためです。

人の成長マインドはいつまでも漠然とした内容で終わるのではなく、抽象化によってメタ認知ができる「持論」へと発展させていくことが求められるのです。
すなわち、抽象化の「持論」と、その他の面である直感化の「イマジュネーション」が分かちがたくひとつの体験を支えるものとなった状態こそが、最大価値を生み出す心の状態であると考えられるからです。

この二つの対立概念をどう統合するかにあります。そこには経験と理論との関係を含めた難問があります。しかし、対立的なものの中には弁証法にいう止揚の新たな発展がみえるはずです。そうした実践的な統合への働きかけで、どうそれらの対立的なものを統合しながら成長そのものへとつなげていくかが重要だからです。

【執筆:匠英一】

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コーチング心理(2):「快善モード」

コーチング心理学の課題(2):「快善モード」

これからの豊かな「心の時代」を築いていくために、 ビジネスにおいてコミュニケーションと能力開発の2つの柱が重要です。そこでまずは心理学として手堅く効果をあげる方法は何かと問えば、「コーチング」ではないでしょうか。

そうした問題意識から10回ほどにわたりコーチングに関連する心理学の内容を整理していきたいと思います。
そこで、まずは仕事で活躍し生きがいを感じていくうえで不可欠なもの「快善モード」というテーマから検討してみましょう。

ここでの「快善」はポジティブ心理学の“快”と“善”を意味するものです。そこにトヨタのカイゼンの考え方を組み込んで実践的な意味を加えたものです。本来、トヨタ自動車のカイゼンは日常の仕事をどう工夫し常に良くしていくかを考え行動する原則として機能しているコンセプトです。その原則はトヨタという価値を創りだす源泉でもあるわけですが、そこにはただ良くする便宜上の仕方以上の内容があります。

それはカイゼンを“危機感”をベースにしていることです。興味深いのはポジティブな危機感ともいうべき感情要素を含む内容にあります。自己と組織の強みを活かす面とこの危機感が結び付いたところにトヨタのカイゼンという行動原則が働くというわけです。

たとえば「多工程もち」という仕組みの考えは、トヨタの社員に複数の工程を持たせることです。その仕組みによって、常識では得られない工夫や柔軟な思考と対処の仕方を学ぶ力ができることをねらいとしています。トヨタのカイゼンに求められるのは、効率性だけでなく同時に学習性の高さであり、そこに人の成長をみるというのです。そして、言われたことをやるのではなく、付加価値を高める知恵を出すことだというのです。

もうひとつ例をあげると、「ムダをなくす」ということにそのカイゼンの考え方のユニークな特徴をみることができます。ムダとは、作り過ぎ、打ち合わせ、移動、在庫、動作、紙など資源、やり過ぎなど。

しかし、とくに問題なのは「やり過ぎ」だというのです。さらに、カイゼンの要となるのが「標準作業」を決めることです。それを決める作業の中で逆にムダを浮きぼりにできるという見方をするのです。そのため標準作業のマニュアルを作ることも、一般のマニュアルのように使われるものではなく、現場の人が自ら書き換えながら作るものとなります。

※【執筆;匠英一】

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コーチング心理(1):「構成概念としての心理

構成概念としての心理の”力”

コーチング心理を理論として整理するうえで、人が心を理解するのは目に見えないものであるがゆえに、どうしても主観的なあいまい性が残るものになりがちです。そこにどんな働き(機能)や効果があるのかは外側に出てくる行動や結果としての成果物でしか評価できません。それゆえ、私たちの日常では「・・力」といった力を軸にしたコトバで表現されることが多いのです。

こうしたコトバによる表記の仕方は「構成概念」とよびます。これは理解が容易になる反面として単純化しすぎたり、複数の要因が含まれているのを無視してしまったりする誤りが起きやすい問題があります。

「意志力」もそうした構成概念のひとつだですが、この概念を形成する要因としてどんなものがあるか、ここで整理しておきましょう。
1)継続した行動を伴うものであること
2)一定レベルの努力を必要とするものであること
3)目的への一貫性を持つ行動であること

つまり、意志力はこの3つの働きで構成された力を合わせた概念なのです。そこから、もし研修などで学習させるようなことを考えるなら、どんな内容がふさわしいかが見えてきます。

たとえば、1番の継続行動については習慣との関係がテーマになります。どうやって良い習慣を増やすようにするかです。2番であれば、努力をするエンジンとなるもの、モチベーションの在り方が問われるわけです。やる気とモチベーションの違いを理解することや、怒りや希望といった感情がどうモチベーションを増幅させるか等のテーマが重要なのです。

そして、3番目は目的という内容そのものの価値や意義づけに関わることがテーマになります。これはミッションの意識を持ったり、どんな意味をそこに見出すかが問われることになるでしょう。

このような3つの課題は、それぞれが深い内容であるために互いに関連がある形で意志力として働くと考えられます。

しかし、研修など目的の明確な教育の場では、絞ったテーマで実践できるようにしないと焼石に水のような話になってしまいがちです。とくに、最近よくあるファシリテーション型研修や、振り返り型研修など現場での課題を反省させる教育手法は注意しなくてはなりません。

講師が“型”をはめた形で行うパターンが多く、カードでまとめたり討論をするのですが、カード依存の思考に陥っていることに気づいていないからです。声に出して互いの気持ちや思いを“語る”プロセスの意味がわかっていないのです。

そのため、カードに書かれた文字が場当たり的な内容であっても、研修中はそれに引きづられたまま終わってしまいます。それは本来、その場にいる参加者同士が互いの声を交流しながら、新しい視点や考えを取り込んでいくプロセスであるはずです。にもかかわらず、カードが主体になってしまい、ゲーム感覚の遊びでそれを絵的な形にまとめたりする「操作思考」に終始してしまうっている例がたくさんあります。

本来、カードなどは川喜多次郎(筑波大学名誉教授)が開発したKJ法がもっとも知られるもですが、カード活用が深く考える場にならずに、書くという作業によって何かを達成した気分になって、互いに意見を交換したように思い込んでしまう。あるいは、こうした過去の例で感想程度の中身を、カードに書き出して終わる程度のものも多いからです。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(8):ドラッカーの”ミッション”説

■仕事をする意味を理解しよう:「ミッション」の心理

仕事をしている場面を考えてみよう。そこであなたは本当に幸せでしょうか?
こう問われたとき、日本での心理調査で「幸せ度」が、先進国中最低であり非常に低い値であることがわかっています。
なぜ、こんなに生活的には昔より豊かになったのに幸せ度は低いのでしょうか?
そこに問題意識を置いたときドラッカーの次の言葉にドキッとさせられるのではないでしょうか。

わたしは、煉瓦を積んでいます。
わたしは、壁をつくっています。
わたしたちは、建物をつくっています。
わたしたちは、教会をつくっています。
わたしたちは、人々の心を癒す空間をつくっています。

「非営利組織はミッションのために存在する。それは社会を変え人を変えるために存在する。非営利組織がミッションのために存在することこそ、忘れてはならないことである」
ミッションの重要性について、彼はそう主張します。組織がもつミッションは、組織の存在意義を明らかにし、組織の存在価値を決定付けます。

また、それは働く人に働く意味をもたらし働く人の意欲を創り出してくれるものです。続けて、
「ミッションは行動本位たるべきものである。さもなければ単なる意図に終わる。ミッションとは組織に働く者全員が自らの貢献を知りうるようにするものでなければならない」
組織は存在することが目的ではなく、外に対する貢献が目的です。自分たちの組織は社会でどんな貢献をしようとしているのか。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(7):ドラッカーの”営業力”説(その2)

■営業力を問う(その2)

「売上」を上げることだけに関心が向いてしまうと、大きな落とし穴にはまるリスクがあります。
まずその第一の落とし穴は、販促費など費やして集客をすれば売上が上がると思い込み、POS情報など分析させて顧客のターゲットを決めるといったよくある販売方法の問題です。

確かに顧客を知る必要はありますが、このPOSデータなどを活かすのは本来現場の責任者らがどういう商品・サービスの企画を創るかにかかってきます。顧客のターゲット等はあくまで過去の情報による過去の商品・サービスへの評価であることです。

そこには、現在から未来にかけて何を消費者が求めているかは示されてはいないからです。過去の足跡をたどれば、これからの未来の道筋が見えるというのは今の激しい変化の時代ではますます危うい考え方になっているのです。

セブンイレブンの鈴木敏文会長がよく言うのは、情報をただデータから集めるのではなく、まず在りたい姿が何かを描くということ、つまり、この先にある顧客の動きを予想するための「仮説検証」の大事さです。

具体的な例をあげれば、地方の中堅スーパーなどで、まず各現場の店長が自分の責任として売上の仮説モデルを創るのです。そのためには、例えば店長キャラクターをPOPのカードに描き、「店長お薦め」といった形で来客者の目につくようにします。そうすることで、その店舗の商品の訴求すべき内容を店長みずからの“顔”で顧客に伝える場が生まれます。そこが心理学的には重要なのです。

店長はその店の管理者という意味ではなく、あくまで顧客に対する価値の提案をする顧客に責任を持つ者ということです。それを店長がするには、当然ながら売っている商品の評判や品質を常に理解するために情報収集もしておく必要があります。顧客の反応を自らが正確に理解することが最優先だからです。

そのうえで、どんな販促や商品企画が必要かを発想しなくてはなりません。この能力は現場にいる自らのスタッフらと「共創」していくものなのです。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(6):ドラッカーの”営業力”説(その1)

■営業力を問う(その1)

最近の就活事情を調査すると、学生側の就ききたい仕事と企業側がやってほしい仕事のギャップが大きくなっているようです。
端的にいえば、企業側で求めているのは、営業ができる人材です。ところが、営業はノルマを課せたれたり、顧客に断られたり、クレームを言われたりと成果を上げるために競争を強いられることが多いものです。

本来は、他者を説得するというコミュニケーション力が問われる仕事だからこそ、最も心理学が活かせる分野でもあるのですが、残念なことに人気職種のワースト1になっているのです。
そんなことからすると、営業の仕事をしたいと希望すれば多くの企業は間違いなく採用の対象として評価するはずが、需要と供給の関係ではどうもうまくマッチしていないのです。

そこで、「心の科学」として営業力を考えてみましょう。
まずは営業とは何か、それに必要な能力とは何か、この2つの問題を整理しておく必要があります。
ここでは営業を次のように定義しておきます。
「営業は自社の商品・サービスの購入を見込み客に直接・間接を問わずに具体的なアクションを通じて促し、企業の収益に貢献つつ顧客ロイヤルティを創る業務である。」

営業をただ商品というモノを売るだけの職業とみなすのではなく、見えないモノとしての「サービス」という経験価値を顧客(見込み客)に提供するものだということです。
そして、営業は3つの領域に分けて考える必要があります。

第1に「営業プロセス」ということ。これは購買前と購買時、購買後のそれぞれの行動プロセスで何がどう購買の動機やその行動に影響を与えるかを知ることでもあります。

第2に、「営業表現」ということです。わかりやすく言えば営業トークのことで、どう相手に納得のいく表現で語り訴求するかです。

そして、第3として「営業内容」であり、商品知識やどんな欲求やニーズに応えるか、売りのコアとなる内容のことです。

この3つのレベルは異なるものですので、どこを重点に営業活動をするかを理解し、自己の強みとなる領域が何かに合わせてスキルの向上をめざすことが心理学的な面から営業力を向上させていくポイントなのです。

できる営業というと、“営業トーク”のような説得力があることだと考えられがちです。ところが、それは「営業表現」の領域であって営業の一部なのです。
営業トークだけが優れていたとしても、商品価値の内容自体が貧弱ならどうでしょうか? それでは、詐欺的な説得になってしまいます。またプロセスで適切な情報管理をしていないと、クレームがあっても同じ失敗を別の営業担当がするかもしれません。

つまり、現実の営業では、“表現”と“プロセス”と“内容”の3つが相乗効果として働いてはじめて効果となるのです。
営業での戦略的な目標(目的や理念も含む)も重要な“内容”として関わってきます。
とくにプロセスを考えた場合、そこには営業を個人の仕事としてだけでなく、チームや組織としての連携が求められ一貫したサポートや管理が求められるようになります。

だからこそ、企業の総合力として営業を“プロジェクト”という視点から見直すことも必要なのです。
プロジェクトには共有すべき知識・情報のマネジメントや相互の理解、とくに感情的なトラブルへの対処などが重要な課題となってきます。

トラブルは違う人間同士が協力し合う以上は避けてとおることができないものです。それを未然に防ぐだけでなく、発生した時点で修復しながら最善の解決をしていく能力が問われます。この能力が組織の“レジリエンス”(耐性)なのです。

これは個人のレベルとは違い、たとえ、議論をバトルのようにした後でも、決まった事は一緒に協力して行うキャパシティのような力のことです。信頼があるからこそ、バトル的な議論もでき、しかも決まったことについてはまずは協力してチームワークで動けるわけです。

そこにはチームの中での個人の役割意識がプロとしてあり、個々の利益を越えた組織共通の目標への達成に力を合わせるプロ意識があるといえるのです。
このプロ意識という点について、私はドラッカーが述べた「プロフェッショナル性」と同義だと考えるものです。

これは云いかえれば、その仕事の領域で自らの卓越性と組織の発展を統合する力を持つエキスパートのことだといえます。
そして、さらにそこには“ミッション”があります。真のプロの在り方として、ミッションを持った者として定義したところにドラッカーの卓越した見方があるのです。

その観点からドラッカーは次の5つの問いを重視しています。
1:われわれのミッションは何か
2:われわれの顧客はだれか
3:顧客にとっての価値は何か
4:われわれにとっての成果は何か
5:われわれの計画は何か
私はこの5つの意味を理解し実践することが、ビジネス心理のエッセンスでもあると考えます。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(5):ドラッカーの”期待マネジメント”説

■「期待マネジメント」が創り出す「顧客満足」

ここではクレーム客への対応の視点から顧客満足度(CS)と顧客の「期待」について考えてみましょう。
ドラッカーはコミュニケーションの前提として「期待」について次のように述べています。
「受け手が期待しているものを知ることなく、コミュニケーションを行うことはできない。期待を知って、初めてその期待を利用できる。あるいは、受け手の期待を破壊し、予期せぬことが起こりつつあることを強引に認めさせるためのショックの必要を知る。」

たとえば、同じクレーム客でも、きちんと対応をすることによって「自分の期待以上にここの会社はよくやってくれた。ここの会社は良い会社だ」と逆にロイヤル顧客になるケースが5%あることがわかっています。 一方で対応を誤れば、悪い噂を撒き散らす「キラー客」となり、その企業にとって甚大な損失を与えます。

ある日曜のときのこと、中年サラリーマンの田中さん(仮称)が家の近くのスーパーへ行き、レジに並んでいたときのことです。田中さんの前の客には店員がナイロン袋に詰めていたのが、彼の順番になったときには、ただ袋を渡されただけったのです。 田中さんにすればおもしろくありません。 そこで彼は、「後ろに客が並んでいるわけでもないのに、これはどういうことか」と強い口調で店員に問いました。

店員は「袋詰めは当店ではセルフが基本でして・・・」と説明はするのですが、田中さんからすれば納得できません。前にいた客は同じような年齢の中年の背広姿の人でしたが、田中さんはそのとき短パンの少し汚れた服だったのです。そこで、客の姿からなんとなく差別をしていたように感じたのかもしれませんが、怒りはおさまりません。
田中さんはレジの途中で買い物を辞めてしまい、何も買うことなく店員への怒りのコトバを投げつけながら帰ってしまったのでした。

おそらく、店員はその紳士客へのちょっとした気遣いから袋詰めをしたと考えられます。これは好意であって義務ではないことも確かです。問題はその行動自体の是非ではなく、それが他の客にどういう印象や感情を生むか、その状況を考えなかったことでした。

こうしたサービスにおける顧客対応の問題は常にどこでも起きがちな事です。これは一見すると極端にみえますが、実は至るところで同様な「ガンバル仕事人」の勘違いがみられるのです。

この場合、店員からすると好意としてのプラス行動をしただけであって、悪く言われる筋のものではないと思っていたかもしれません。それは、そのとおりでしょう。店員の心の内側では、顧客にイイことをしているわけだからです。良心的な店員であることを自分の信条にしていたのかもしれません。ただし、その“良心的”なことをする相手が友人でなく、“顧客”であることを忘れてしまっています。そこが問題なのです。

再度、ここで「顧客満足」とは何だったかを振り返ると、満足を生み出すものは固定した形のものではないということでした。それはサービス側が顧客にする「期待マネジメント」によって創られるものだからです。そして、この「期待マネジメント」が心理学を顧客満足度を向上させる方法を考えるときに中核になる概念なのです。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(4):ドラッカーの”実践知”説

■ビジネス心理に「実践知」とは?

ビジネスの現場で学ぶ知識は、あっちを立てればこっちが立たないようなトレードオフ関係にある問題がほとんどです。経営者はとくにこの種の問題を利益優先か顧客サービス優先かなど、悩みながら日々の仕事に追われています。

このようなビジネスの在り方について、ドラッカーは”戦略”を立てフォーカスする目標管理(MBO)が重要だと説くわけですが、ビジネス心理の視点からみるとそう簡単なものではありません。

仕事をする人には、常に矛盾とその解決をめぐる”葛藤”があり、それを解消したいと望む”達成欲求”や”自尊欲求”が働いています。こうした欲求は根源的なもので、自分が一環した自己でありたいという「自己像」(アイデンティティ)に根ざしています。

もちろん、このこと自体は悪いことではなくむしろ良いことですが、少し間違うと自尊心を守るための「自己正当化」の要因にもなるものです。

重要なことは現場の矛盾した問題を解決するためには自己を振り返る(リフレクション)だけではなく、ときに自己否定を繰り返していく”勇気”が必要であることです。この 勇気は勇ましいという意味ではなく、より高い位置から自己を見直し(メタ認知)、適切なものへと改善していくことができる意思を指すものです。

よくあるのは会議をすると非難はしても自分もそれに責任を持っていることを忘れてしまっていることです。様々な理由をつけて実践しない”傍観者”になることによって、自己正当化してしまうわけです。こうした人は新たな変革に向けて自己否定をする”勇気”がないだけでなく、その自己の行動しない理由を探そうと努力しています。

自己正当化は現実の中にある矛盾した関係を理解する機会を奪い、本質的な問題から自己を引き離してしまいます。それを超えざるを得ないような場面に立たされるたとき、そこに初めて「一皮むける経験」(※金井)のようなことが起きるのです。

ドラッカーは自らの学びをこうした矛盾の絶頂のときに、それをチャンスとして捉えて集中的に学ぶように実践してきたと自伝の中で語っています。 現在自分が関心のあるテーマに、まずは3か月ほど集中して学ぶというやり方です。

そのときこそが学ぶ動機と学ぶ意味を実感でき、問題意識が高まるからです。 そこに学問上の境界線はありません。現実の矛盾をどう解決したらよいか、これはコンサルタントという職業からしても不可欠なことだったのです。

その意味で、ドラッカー自身も矛盾した状態の中でもがき苦しみながらも 、より本質的な解決の道を探ろうとする「勇気」を試されていたと考えられるのです。
逃げることで自己正当化するのではなく、あるがままの弱い自己と向き合いながら、 それを克服する努力(レジリエンス)を学ぶ行動で解決しようと試みてきたといえるのではないでしょうか。

【執筆:匠英一】

 

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マネジメント心理(3):ドラッカーの「ダイアローグ」説

■「ダイアローグ」(対話)の認知プロセスと”納得”の関係

ドラッカーはドイツにいた頃、新聞記者として活躍していました。そのときにインタビューをするという経験が後の自分の考えを創っていくうえで大きなメリットがあったと語っています。

その理由は、インタビューが相手に質問しながら批判的に内容を理解し、論争的な対話(ダイアローグ)を生み出す機会になったためだというのです。
ドラッカーが単なる学者的発想ではなく、人との対話プロセスを大事にしながら自己の思想や視点を深めていくことができるのは、このような新聞記者の経験に支えられていたわけです。

実はドラッカーと同じように、ビジネス心理ではダイアローグを「問題意識を持つ」ための不可欠なプロセスとみなし、初級の教科書の中でも「5原則(PPEED)」のひとつとして重視しているのです。

対話プロセスは結果だけではなく、途中の反対意見に応えてその段階での疑問を相手に示し、当人が批判を受けつつより妥当なものへと発展させていくということです。これは「弁証法」という考え方のベースでもあります。

ダイアローグの中では、疑問の生成消滅のような認知プロセスが現れてきます。それが重要なのは、回答への一直線のような正解主義 では理解の”メンタルモデル”(認知の枠組み)が固定的なものになってしまうためです。

固定的なメンタル モデルとは、よくビジネス書などで語られる「フレーム」だといえます。フレー ムを一般原理のごとく覚えて活用することには便利さが確かにあります。しかし、 これは実践に役に立つような応用力になってきません。そこに思考の固定化がお きてしまうからです。

納得したり解釈を深めていくには、認知科学者の佐伯胖(元認知科学学会会長)が述べるように「視点の移動」が重要なのです。視点の移動は、異なる視点から少しづつそのコアな部分を変形させながら変わらない部分をみるということです。変化の中にある普遍なものを知るというメタ認知の本質に関連する見方だともいえます。

こうした「視点の移動」の考え方は、これまでの心理や教育方面でもはあまり知
られていませんが、何かを比喩的なもの(メタファー)で喩えたり、シュミレー
ションしたり、数理モデルに表現し直したりすることは認識に不可欠なことです。

たとえば、三平方の定理は数理的な証明ではなく図解イメージで証明することも
できます。数理的な証明は数学の理論の中では確からしい事実として認識はでき
ます。

ところが、それが私たちにはぴんと来ないようなことも一方で感じるのではないでしょうか。確かに数字のルールでは正しいとしても、そこに真実味や納得に必要なイメージの変形がないことに不満を感じるわけです。
それで図解イメージを使って、同じ”内容”を別の視点から証明してみると、以前よりその 数理的な意味がもっと深くわかるようになってきます。

このような複数の視点からの解き方を知ることで、それぞれを単体で理解している以上に、二つの異なる視点から同じ対象についての理解 ができます。そのときに、「なるほど!」という納得感(アハー効果)が生まれるわけです。

こうした納得の認知プロセスを妨げる要因について、佐伯著『わかるということの意味』では、次のように述べられています。
≪ これに対して、「問題として直接求められていること以外は何も求めてはいけない」と思いこんでいる「わかっていない人」にとって、答えを出すことは 、「正しい求め方」に正しく従って出された「一種の儀式」になってしまってい るのだ≫

さらに著者は次のようなことを強調します。
≪ 大事なのは、世界に対 する「構え」である。「与えられた問題文の表面的問いを越えて、その世界では 自分なら何ができるか、どういうことがわかりうるかを探し求める気持ちで読み 取る.....世界を単に正確に写しとろうとするのでなく、世界に操作を加え、 はたらきかけ、変化させて、何か、既知のものから未知のものをさがし 求めてみようとする」営みを、「わかろうとする」ことと呼ぶの である。 ≫

人は自分の経験の中で「私が得意とする小さな世界」をさまざまに持っています。それらがダイアローグ(対話)という場の中で交流することにより、相互に結びつき、 「大きな世界」が構成されていくこと。そのような対話的な弁証法のプロセスこそが「納得する」ことへの世界の広がりだと考えられるのです。

【執筆:匠英一】

 

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マネジメント心理(2):ドラッカーの「役割」説

■マネジメント心理(2):ドラッカーの「役割」説

組織やチームの責任者として役職を依頼すると、ほとんどがメンドウで責任を持ちたくないと思うのか誰かにそれをなすりつけようとします。
ところが、残念なことにそれが自らの成長をストップさせる要因になっていることに気づかないのです。 責任をとるという立場が求められるときこそが、自己成長の機会なのだということがわかっていないのです。

役割は人を創るというとおり、その人の自己認識を変えるうえで重要な認知的制約なのですが、そのことがわかっていないわけです。そのためにとにかく面倒なことには責任を負いたくないという意識が先に立ちます。

このことができない人の典型パターンなのです。
何かを学び、そこで成長をはかりたいなら、それにふさわしい役割を持つことです。なりたい自分にふさわしい役割が権限を持つことになり、一方では責任も伴います。
しかし、そうであってこそ、本来の自己の強みも活かせるようになるのです。

逆にもし役割を持ちたくない(持てない)のだとすれば、それはその組織や場に来る意味が少ないということです。 本当にしたい事や自分の夢と繋がらないなら辞めてしまって別の組織に身を置くほうがプラスだといえるかもしれません。

【執筆:匠英一】

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マネジメント心理(1):ドラッカーの”強み”説

■マネジメント心理(1):ドラッカーの”強み”説

ドラッカーは強みにフォーカスした戦略や経営の在り方を強調します。
強みと弱みは常に一体と思っておく必要があるのですが、ここは「強み」をより一般的な能力概念として強調しているところです。

注意したいのは、強みを狭い能力要因に還元しているのではなく、あくまで個性を伴うその人らしい一般特性としての強みであることです。それと合わせて「組織」という単位を強調し、組織の存在が強みが弱みを無にすると言っていることです。

人の能力や成長をはかる戦略としての強み論は、たとえば、「学習力」が強みだという場合がそれに相当します。このときに、学習力の下位のレベルの「速読力」といったものを強みだとした場合、これは学ぶという活動全体の一部であるため、熟読できる力を欠くという弱みとう裏腹にある能力かもしれません。

あるいは、速読は技能としては評価できるにしてもその分野が小説などの軽い読み物である場合、逆に哲学や経済等の硬い読み物を敬遠している弱みになっているかもしれません。

つまり、強みを弱みにする「条件」とはひとつにはそのカテゴリーの”範囲”が重要だということです。狭く限定されたカテゴリーでは現実の活動において、制約や範囲が限定されてしまうためパフォーマンスが期待された形では外化されないのです。ここに一般的な強み論の脆さと問題点があります。

強みにフォーカスするというドラッカーの説は、組織的な活動の中でこそそれが正しく妥当性を持つことに注意しなくてはなりません。どうしても我々は心や能力の在り方を「個人の中」に見てしまいがちだからです。

組織は人の”組み合わせ”によって成立するものです。そこに1+1=3になるような相乗効果が働くからです。マイナスをプラスにはできなくても”無”することができるのは、そうした個人内ではなく組織内のことだということです。

問題なのは、こうしたビジネス書にありがちな「強み説」の”単純化”です。 いかにも科学的と称しているところに問題があります。それをカモフラージュするため、海外の有名人に接触し、ペアになった写真を撮って自分がその人と懇意であるかのように見せたり、日本に招待したりして後光効果をねらった見栄えに努力している姿がよくみらます。

一方では、こうした強み弱みの本質的な理解を妨げてしまう受け狙いメソッドがもてはやされています。とくに自称ポジティブ心理学の”オピニオンリーダー”と称する一部の研修講師にありがちなのですが・・・。

本当の専門で研究歴もある学者は、ビジネス書でポジティブ心理などを解説するときにも、留意すべき条件をつけていたり注意しています。 ですが、それを読んで受け売りしている研修講師などでは、結果だけの利点を強調することになってしまっているのです。

【執筆:匠英一】

 

 

 

 

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