■「ダイアローグ」(対話)の認知プロセスと”納得”の関係
ドラッカーはドイツにいた頃、新聞記者として活躍していました。そのときにインタビューをするという経験が後の自分の考えを創っていくうえで大きなメリットがあったと語っています。
その理由は、インタビューが相手に質問しながら批判的に内容を理解し、論争的な対話(ダイアローグ)を生み出す機会になったためだというのです。
ドラッカーが単なる学者的発想ではなく、人との対話プロセスを大事にしながら自己の思想や視点を深めていくことができるのは、このような新聞記者の経験に支えられていたわけです。
実はドラッカーと同じように、ビジネス心理ではダイアローグを「問題意識を持つ」ための不可欠なプロセスとみなし、初級の教科書の中でも「5原則(PPEED)」のひとつとして重視しているのです。
対話プロセスは結果だけではなく、途中の反対意見に応えてその段階での疑問を相手に示し、当人が批判を受けつつより妥当なものへと発展させていくということです。これは「弁証法」という考え方のベースでもあります。
ダイアローグの中では、疑問の生成消滅のような認知プロセスが現れてきます。それが重要なのは、回答への一直線のような正解主義 では理解の”メンタルモデル”(認知の枠組み)が固定的なものになってしまうためです。
固定的なメンタル モデルとは、よくビジネス書などで語られる「フレーム」だといえます。フレー ムを一般原理のごとく覚えて活用することには便利さが確かにあります。しかし、 これは実践に役に立つような応用力になってきません。そこに思考の固定化がお きてしまうからです。
納得したり解釈を深めていくには、認知科学者の佐伯胖(元認知科学学会会長)が述べるように「視点の移動」が重要なのです。視点の移動は、異なる視点から少しづつそのコアな部分を変形させながら変わらない部分をみるということです。変化の中にある普遍なものを知るというメタ認知の本質に関連する見方だともいえます。
こうした「視点の移動」の考え方は、これまでの心理や教育方面でもはあまり知
られていませんが、何かを比喩的なもの(メタファー)で喩えたり、シュミレー
ションしたり、数理モデルに表現し直したりすることは認識に不可欠なことです。
たとえば、三平方の定理は数理的な証明ではなく図解イメージで証明することも
できます。数理的な証明は数学の理論の中では確からしい事実として認識はでき
ます。
ところが、それが私たちにはぴんと来ないようなことも一方で感じるのではないでしょうか。確かに数字のルールでは正しいとしても、そこに真実味や納得に必要なイメージの変形がないことに不満を感じるわけです。
それで図解イメージを使って、同じ”内容”を別の視点から証明してみると、以前よりその 数理的な意味がもっと深くわかるようになってきます。
このような複数の視点からの解き方を知ることで、それぞれを単体で理解している以上に、二つの異なる視点から同じ対象についての理解 ができます。そのときに、「なるほど!」という納得感(アハー効果)が生まれるわけです。
こうした納得の認知プロセスを妨げる要因について、佐伯著『わかるということの意味』では、次のように述べられています。
≪ これに対して、「問題として直接求められていること以外は何も求めてはいけない」と思いこんでいる「わかっていない人」にとって、答えを出すことは 、「正しい求め方」に正しく従って出された「一種の儀式」になってしまってい るのだ≫
さらに著者は次のようなことを強調します。
≪ 大事なのは、世界に対 する「構え」である。「与えられた問題文の表面的問いを越えて、その世界では 自分なら何ができるか、どういうことがわかりうるかを探し求める気持ちで読み 取る.....世界を単に正確に写しとろうとするのでなく、世界に操作を加え、 はたらきかけ、変化させて、何か、既知のものから未知のものをさがし 求めてみようとする」営みを、「わかろうとする」ことと呼ぶの である。 ≫
人は自分の経験の中で「私が得意とする小さな世界」をさまざまに持っています。それらがダイアローグ(対話)という場の中で交流することにより、相互に結びつき、 「大きな世界」が構成されていくこと。そのような対話的な弁証法のプロセスこそが「納得する」ことへの世界の広がりだと考えられるのです。
【執筆:匠英一】